大阪キタの中州・中之島にあるバラ園で有名な市民の憩いの場・中之島公園に架かる難波橋(なにわばし)の地下に位置する、中之島線の1面2線の地下駅。
京阪本線・地下鉄堺筋線北浜駅は、土佐堀川を挟んだ同橋の南詰にあり、徒歩数分程度での乗り換えが可能となっている。
北浜駅と至近距離にあることと、中之島線全体の不振の影響により、京阪線全線(大津線除く)で最も利用客数の少ない駅となっているが、東急渋谷駅も担当した大阪出身の建築家・安藤忠雄氏による意匠性の高い開放的な空間が大変魅力的な駅である。
外観・駅周辺
大阪キタの中州・中之島の南側を流れる土佐堀川を渡る堺筋にかかる、駅名の由来となった「なにわ橋」。
実は、上の写真の場所は北浜1丁目交差点の北西角で、向かいの南東角には大阪取引所が堂々と聳え立つ。
江戸時代に天神橋・天満橋と並ぶ、浪花三大橋と呼ばれた「なにわ橋」の正式名称は「難波橋」と書く。
まず間違いなく「なんば」と誤読されてしまうためか、駅名にはひらがなが採用された。
その難波橋(なにわ橋)から土佐堀川を西方向、淀屋橋・中之島方面を望む。右奥に中央公会堂と大阪市役所の立派な建物がみえる。
そのなにわ橋を渡った中之島の中州に、中之島線のなにわ橋駅がある。
そのなにわ橋駅入口から南方向を望むと、橋の向こうに北浜駅の姿が。
天満橋ー渡辺橋間は、京阪本線と中之島線が土佐堀川を挟んで完全並走する重複区間だ。
難波橋の東側には、バラ園で有名な大阪都心部の貴重な憩いの場となっている、中之島公園の美しい姿が見られる。
その中之島公園から難波橋を見上げる。
この公園は、江戸時代の1766年に「山崎ノ鼻」と呼ばれる新地を埋め立てて出来た景勝地を、1891年(明治24年)に大阪市が市内初の市営公園として整備したものらしい。
中之島公園南側の土佐堀川を走る京阪の運行する大阪水上バス・アクアライナー。水の都・大阪にふさわしい風情のある光景だ。
改札口・コンコース
2008年(平成20年)の中之島線開通とともに開業したなにわ橋駅。新北浜駅の仮称がつけられていたが、開業直前に現駅名に変更された。
地下につながる長い階段を下ると、、、
度肝を抜かれるような意匠性の高い開放的な空間が現れる。
最近は新国立競技場関係で話題となってしまったが、東急渋谷駅等も設計した大阪出身の有名建築家・安藤忠雄氏が設計を担当している。
不燃木材とガラスで構成された壁面は中之島線の各駅に共通する構成だ。
但し、中之島公園内に位置する当駅は、他の中之島線の駅とは違った構造をしており、不燃木材を使いながらも、当駅上部に建つ中央公会堂をイメージしたレンガ調となっている。
時刻表
中之島線:京橋・出町柳方面
中之島線は、終点天満橋から京阪本線に乗り入れて同線と一体運用されている。
日中は10分間隔で、開通前に淀屋橋を起終点にしていた各駅停車が、そのまま中之島線に入ってきた形となり、その分京阪本線の北浜・淀屋橋両駅の本数が削減されている。
開通当初は、出町柳行きの中之島線専用の優等である快速急行も運行されていたが、利用が芳しくないために廃止され、現在は各駅停車主体の支線扱いとなってしまっている
乗り場
ホームは島式1面2線。
不燃木材とガラスを構成の基本としている中之島線では、駅票もガラスで覆われている。
ホームは、地上を走る中之島通に沿って、ややカーブしている。
北浜駅が橋を渡った南側にあるため、同駅を通る地下鉄堺筋線への乗換案内があり、車内放送でも乗換駅のアナウンスがなされる。
ホーム西端から中之島方向を望む。中之島通りに沿って、大きく北にカーブしている。
2番線に到着した7000系の中之島行き。
今度は、大ベテランの2600系が各駅停車萱島行きとしてやってきた。日中は萱島行きと出町柳行きは10分間隔で交互に運行される。
その横顔。最新式の駅と大ベテラン車両とのマッチングが面白い。
ホーム東端から天満橋方向を望む。
様々な意匠が施された魅力的な駅だが、残念ながら当駅の利用客数は、京阪線全線(大津線除く)で最も利用客数の少ない1日約3000人。もっと多くの人の目に留まればと願いたい。
えきログちゃんねる
[京阪中之島線なにわ橋駅接近メロディ]各駅停車萱島行き@1番線201511
[京阪中之島線なにわ橋駅接近メロディ]中之島行き@2番線201511
中之島方面行きは全列車各駅に止まるので、種別の案内がありません。