隣接するJR明石駅と共に「子午線のまち」・明石の中心機能の役割を果たす2面4線の高架駅で、山陽電車最多の利用客数を誇る直通特急停車駅。
山陽電車の前身となった兵庫ー明石間の兵庫電気軌道と、明石ー姫路間の神戸姫路電気鉄道とが別路線として接続する駅であったが、合併後規格の違いを乗り越えて現在の山陽電車本線の現ルートが確立されるドラマが繰り広げられる舞台となった。
また、明石海峡・淡路島・明石城と様々な趣きが堪能できる周辺環境のみならず、隣接するJR明石駅を行き交うJR線の姿も楽しめ、お得感満載の魅力的な駅でもある。
目次
外観・駅周辺
駅南側:明石港
東経135度上に位置し、「子午線のまち」としても有名な大阪・神戸のベッドタウンである明石。
JR・山陽明石駅は、両駅併せて1日約13万人もの人が利用する明石の中心だ。
山陽明石駅側に面する南口。神戸・姫路地区でおなじみの神姫バスの大群が駅前を占拠している。
かつては明石市営バスが運行されていたが、2012年(平成24年)に廃止され、神姫バスに路線が譲渡されたらしい。
上の場所から少し南に進んで、国道2号線上の明石駅前交差点より明石駅を望む。
山陽明石駅の前身となる「明石駅前駅」は、国鉄明石駅開業から遅れること約30年の1917年(大正6年)にこの地に開業した。
同交差点から、国道2号を西方向に望む。駅南側バスターミナルと国道2号に挟まれた一帯は、一大再開発が繰り広げられている。
明石駅前駅を開業させたのは、山陽電車の前身・兵庫電気軌道で、当時はこの国道2号沿いに線路が走っていた。
そして、その国道2号を西に向かい、大明石1丁目交差点から南下したところにある播淡汽船前交差点。
この付近に、実は旧・兵庫電気軌道の終点「明石駅」が1931年(昭和6年)まで存在したというトリビアがある。
これが同交差点から見えている旧・播淡汽船、現・淡路ジェノバラインの発着する明石港。旧・明石駅の存在は、ここから淡路連絡を考慮したものだったらしい。
しかし、明石海峡大橋開通により、本州と淡路島を結ぶ航路は軒並み撤退の憂き目に合い、このジェノバラインを残すのみとなった。
そのジェノバライン発着場を、海側より望む。
ちなみに当航路を運航するジェノバラインの親会社は、大阪で下着・宝飾販売業を営んでいるというのは、ちょっとしたトリビアかもしれない。
そして、ジェノバラインの高速線が、明石海峡大橋が架かる淡路島向けて出港。いつまでも眺めていたくなる絶景だ。
駅北側:明石城(明石公園)
今度は駅の北側に回る。JRと山陽電車は1階コンコースを共有しているので、入り口はJR・山陽両方の表記がある。
緑に覆われた駅北側は、港町の風景の南側とはまた違った様相を呈している。
実は、駅すぐ北側にあるのは明石城跡を擁する県立明石公園。
国の史跡である明石城跡を整備し、明治時代より存在する歴史ある公園で、日本さくら名所100選にも選定されている。
江戸時代の1620年(元和6年)に、松本藩主から明石藩主となった小笠原忠真によって築城された明石城。
東西にある「巽櫓(たつみやぐら)」と「坤櫓(ひつじさるやぐら)」の二つの櫓(やぐら)は、国の重要文化財に指定されている。
駅の北側と南側で全く違った風情が楽しめるが、明石の魅力である。
改札口・コンコース
JR明石駅と一体化された1階コンコース。駅南側は山陽電車のりばとなっている。
兵庫電気軌道(以下・兵庫電軌)によって兵庫から当駅(正確には旧明石駅)まで開通されたが、当駅以西姫路までは、神戸姫路電気鉄道(以下・神姫電鉄)という別の会社によってその6年後の1923年(大正12年)に開通され、この2社が現在の山陽電車の前身となっている。
しかし、当時の神姫電鉄・明石駅前駅は、兵庫電軌の同駅の真北に設置された別の駅で、両線は車両規格の問題等もあり直通は行われなかった。
階段上ったところにあるコンコース。
JR明石駅と比べてコンパクトな作りとなっているが、当駅の利用客は約3万人と、山陽電車本線の駅では最も利用客が多い駅となっている。
そのコンコースから、JRとの共用コンコース方面を望む。
その後、1927年(昭和2年)に両線が現・関西電力の前身である宇治川電気に合併され、直通運転が開始された。
そして、1933年(昭和8年)に宇治川電気の鉄道部門が分離されたのが、現在の山陽電車となっている。
改札内コンコース。
兵庫電軌と神姫電鉄の直通は、規格の違いから困難を極め、当駅の前身となる明石駅前駅も線路の付け替え、駅の新設等の変遷を経たらしい。
その「明石駅前駅」は、1943年(昭和18年)に電鉄明石駅に改称され、高架化が完成した1991年(平成3年)に現駅名に再改称されている。
時刻表
山陽本線:神戸・大阪・姫路方面
山陽本線は、直通特急と普通車が毎時4本ずつの2本立てで、原則線内通しの運転となっている。
1998年(平成10年)より運行されている直通特急は、阪神梅田ー山陽姫路間を最速95分で結ぶが、競合となるJR新快速より35~40分ほど時間を要する。
普通車は、阪急神戸三宮ー山陽姫路間と、山陽須磨ー山陽姫路間が交互に運行されている。
かつては当駅で緩急接続を行っていたが、2009年(平成21年)のダイヤ改正で昼間時は霞ヶ丘駅での特急通過待ちに変更されている。
乗り場
【1・2番線】姫路方面
ホームは島式2面4線。競合となるJR明石駅とは完全に隣接しており、高架化によってさらに近くなった。
ここから須磨まではJR神戸線と完全並走しており、山陽姫路方面からの乗客の多くが、当駅から速達性に勝るJRに乗り換えるという、京成船橋駅的現象が起きているようだ。
1・2番線ホームからは、港町の雰囲気を感じることが出来、ビルの合間から淡路島を垣間見ることが出来る。
駅南側バスターミナルと国道2号に挟まれた一帯は、一大再開発が繰り広げられているようだ。
山陽仕様の駅票。奥にはJR明石駅の姿がはっきりと確認できる。
2番線に、3000系の姫路行き普通車がやってきた。神戸高速鉄道開業に伴って製造されたベテラン戦士だ。
普通車はこの後東二見駅まで先着し、後続の直通特急の待ち合わせを行う。
その普通車を追いかける姫路行き直通特急が、山陽5000系でやってきた。
直通特急は乗入れ協定で阪神・山陽両社の走行距離を相殺する関係上、距離の長い山陽の車両が充当されることが多い。
民営化後に脅威となったJR新快速に対抗したクロスシート車で、当初網干線の普通車で運行されていたが、高評判により特急に充当されるようになった。
【3・4番線】神戸・大阪方面
開業から長らくは、現JR兵庫駅に隣接する電鉄兵庫駅が終点だったが、1968年(昭和43年)の神戸高速鉄道開通により、長年の宿願であった神戸市内の中心・三宮へのアクセスが可能となった。
4番線の真横を通るJR221系の快速電車。
当駅の方がJR明石駅よりも一段高い場所にあるのは、何か特別な意図でもあるのだろうか。
当駅の利用客3万人に対し、JR明石駅の利用客数はその3倍以上の10万人。せめて見下ろすくらいしてもよかろう。
3番線に3000系の阪急神戸三宮行き普通車が入線してきた。
2014年(平成26年)に三宮から神戸三宮に改称されたが、山陽線内での案内は現在でも「阪急三宮」のままとなっている。
次の普通車はクロスシート5000系の須磨行き。
日中は直通特急の半分が、山陽と阪神の運行間隔調整のために須磨ー阪神神戸三宮間は各駅に止まるので、山陽普通車の半分は須磨止まりとなる。
その普通車を追いかける阪神梅田行き直通特急は、阪神8000系で入線。直通特急の阪神車の確率は3分の1なので、それなりに貴重な遭遇だ。
種別幕が黄色地となっている場合は、須磨ー神戸三宮間を各駅に停車するタイプだ。
次の直通特急は山陽の主力5000系。種別が赤字になっているので、須磨ー神戸三宮間も通過する最速達タイプだ。
ホーム端から山陽姫路方向を望む。
須磨付近からJRと完全並走してきた山陽電車は、ここから海側に向かい、山側に向かうJRと分かれていく。
JR明石駅から山陽明石駅を望むと多少見上げるアングルとなる。
えきログちゃんねる
[山陽明石駅接近メロディ]阪神梅田行き直通特急@3番線201512
[山陽明石駅入線風景]5000系阪神梅田行き直通特急&JR207系201512
[JR明石駅から眺める山陽明石駅]3000系阪急三宮行き普通車の入線発車風景201512
JR明石駅1番のりばホームから真隣にある山陽明石駅を眺めてみました。