近鉄京都線の前身・奈良電気鉄道によって1928年(昭和3年)に開業された、相対式2面2線の地上駅で、2002年(平成14年)からの近鉄特急停車駅。
当初「堀内駅」として開業し、戦後四半世紀の間、全列車が並走する京阪丹波橋駅へ乗入れることに伴い一時廃止され、その後相互乗入れ解消を機に現駅名に改称の上復活を果たすという、全国でも珍しい歴史を有する駅である。
伏見区の中心市街地は隣駅の桃山御陵前駅に譲るも、京阪線との乗換客を中心に、近鉄京都線内では京都駅に次ぐ利用客数を誇る重要駅となっている。
目次
外観・駅周辺
京阪丹波橋駅と共有する駅舎の東側を構成している近鉄丹波橋駅。
その近鉄丹波橋駅と京阪丹波橋駅との連絡通路を北東方向より望む。
当駅は、近鉄京都線の前身・奈良電気鉄道によって、1928年(昭和3年)に開業され、当初は付近の地名であった「堀内駅」を名乗った。
上の写真の場所から少し北に向かった丹波橋通上の跨線橋より、南の近鉄丹波橋駅方向を望む。
堀内駅として開業した当駅は、17年後の1945年(昭和20年)に、奈良電の京阪丹波橋駅乗り入れに伴い、何と一時廃止された。
同じ場所から北方向を望むと、近鉄(当時奈良電)と京阪の立体交差が見える。
かつてこの先に京阪から奈良電に繋がる線路があり、宇治方面からの京阪電車が、奈良電(現近鉄)京都駅に乗り入れを行っていたらしい。
今度は、駅東口から東に歩いてすぐのところにある国道24号線まで出ると、、、
JR奈良線の単線線路に遭遇し、いまだ現役バリバリで活躍する国電車103系の姿を拝見することが出来る。
さらに、そこから東の閑静な住宅街を向けて1キロほど進むと、、、
2003年(平成15年)まで近鉄グループが運営していた「伏見桃山城キャッスルランド」の跡地に、伏見桃山城の模擬天守閣が今でも残っている。
これは旧・伏見城を保存したものではなく、キャッスルランド建設にあたって建造された鉄筋コンクリート製。
そして、この場所に最も近いのは、京阪伏見桃山駅でも、連絡バスを運行させていた桃山御陵前駅でもなく、実は丹波橋駅であるというのも、ちょっとしたトリビアかもしれない。
改札口・コンコース
改札口は駅舎東側に1か所。奥の連絡通路を介して、京阪丹波橋駅と繋がっている。
その連絡通路の中間地点から、京阪丹波橋駅方向を望む。
当駅を含む近鉄京都線の前身である奈良電気鉄道は、元々近鉄と京阪の共同出資の会社であった。
今度は、同じ場所から反対の近鉄丹波橋駅方向を望む。
その後、1953年(昭和28年)に発生した台風13号による大被害を受けて以降経営難に陥った奈良電に対して近鉄が買収工作を図り、京阪が奈良電から手を引いた結果、1963年(昭和38年)に近鉄京都線となった。
連絡通路の終点まで行けば、駅舎西側にある京阪丹波橋駅にたどり着く。徒歩1分程度で、雨にも濡れずに乗り換えが出来る。
改札内コンコースには、フルカラーLEDの発車案内板が設けられている。
京阪丹波橋駅の特急停車化から2年遅れの2002年(平成14年)より、近鉄特急も当駅に停車するようになった。
買収劇を経て、近鉄・京阪の共同出資会社から近鉄所属となった京都線は、その後1968年(昭和43年)に約四半世紀続いた相互乗入れを廃止し、その間廃止となっていた旧・堀内駅が近鉄丹波橋駅として復活した。
時刻表
京都線:奈良・橿原神宮前方面
近鉄京都線は、京都から新幹線を降りて奈良・橿原神宮前方面に向かう観光客をメインターゲットとしているのを示すかのように、有料特急を毎時4本も走らせている。
興味深いのは奈良行きの特急がそれなりに走っていること。明らかに観光客がターゲットになっている。
通勤電車の平日日中は、普通6本(うち3本は新田辺止まり)、急行4本/時の10本/時体制もなっている。
京都線:京都方面
京都方面も同様に、有料特急が毎時4本と無料通勤車が毎時10本の体制。
うち急行1本、各駅停車2本が竹田から地下鉄烏丸線に入って、京都の中心市街地への乗入れ、同線の終点国際会館まで向かう。
京都地下鉄への乗入れは、1988年(昭和63年)より開始され、京阪への乗入れ解消から約20年ぶりに京都市内中心部へのアクセス権を取り戻した。
乗り場
ホームは相対式2面2線のシンプルな構造。
かつて近鉄京都線(当時:奈良電)の電車は、すべて京阪丹波橋駅に乗り入れていた経緯もあってか、復活後の駅名正式名称には「近鉄」が冠されている。
【1番のりば】京都線:奈良・橿原神宮前方面
当駅の利用客数は、京阪線との乗換客を中心に1日約48000人。近鉄京都線内では、京都駅に次ぐ利用客数を誇る重要駅となっている。
ホーム南端より桃山御陵前・奈良方面を望む。この先に京阪丹波橋駅からの連絡線が繋がっていた。
駅周辺に目立った商業施設は無く、伏見区の中心市街地は、隣の桃山御陵前駅周辺となっている。
1番のりばに到着した8000系の橿原神宮前行き急行。近鉄京都線は最大6両編成だ。
次にやってきたのは、12000系の橿原神宮前行き特急。12000系は近鉄特急最大の勢力となっている車両だ。
終点の橿原神宮前で、大阪阿部野橋からやってくる吉野行き特急と連絡するため、「吉野連絡」のヘッドマークが掲げられている。
そして、1日1便のみの伊勢志摩方面の賢島行きプレミアム観光特急50000系しまかぜ号が満を持して登場。
ちなみに、現駅名となった「丹波橋」は乗入れていた京阪側の駅名を踏襲したものだが、そもそもの丹波橋駅の由来は、豊臣秀吉が伏見城で天下を治めていた時代に当地に存在した「桑山丹波守」の屋敷があったことから来ているらしい。
ホーム北端から京都方面を望む。奥に見えるのがさきほど降り立った跨線橋だ。
上の写真の右上、駅東側の道路からは、ホームを見下ろせる絶景が楽しめる。
停車中の電車は、1220系の奈良行き急行6両編成だ。
【2番のりば】京都線:京都方面
1928年(昭和3年)に堀内駅として開業し、1945年(昭和20年)から約四半世紀の間廃止され、1968年(昭和43年)に現駅名に改称して復活した当駅。
一度廃止となった駅が駅名を変えて復活するというのは、全国でもあまり例がないのではないだろうか。
そして、かつて京阪丹波橋駅への連絡線のあった次駅の桃山御陵前駅方面から、京都市交10系の電車がやってきた。
竹田から、京都地下鉄烏丸線に乗り入れる国際会館行き各駅停車。
京阪だけでなく、近鉄でも京都の中心繁華街・四条通へ乗り換えなしで行くことが出来る。
次の2番のりばは、8000系の京都行き各駅停車。短い4両編成だ。
その横顔。8000系は近鉄で最大勢力を占める車両だ。
その8000系は、シリーズ21・3220系と連結されることもある。
今度は、30000系ビスターカーの京都行き特急が、伊勢志摩方面からやってきた。4両編成のうち、真ん中2両はダブルデッカー車だ。
さらには、22600系ACE特急もやってきた。新幹線からの観光客取り込みを狙う近鉄京都線は、特急の頻発地帯である。
最後は、さきほどの跨線橋から、地下鉄烏丸線乗入れ用に製造された3200系・国際会館行きの姿を捉える。
えきログちゃんねる
[1日1便の近鉄観光特急しまかぜ号]50000系賢島行き特急発車風景@丹波橋駅201511
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近鉄8000系京都行き急行
⇒近鉄特急12000系吉野連絡橿原神宮前行き
⇒京都市交10系国際会館行き各駅停車
[近鉄特急ビスターカー発車風景]30000系京都行き特急@丹波橋駅201511