伏見稲荷大社の表参道に直結する最寄駅であるJR稲荷駅から、西へ徒歩数分の距離にある京阪本線の2面4線の地上駅。
1910年(明治43年)京阪本線開通と同時に開業し、初代・稲荷駅を名乗ったが、ほどなく表玄関となった隣の稲荷新道駅(現・伏見稲荷駅)に「稲荷駅」の名を譲り、現駅名に改称された経緯を持つ。
駅東側を流れる疎水百選選定の琵琶湖疎水や、建替えにより間もなく姿を消す独特の橋上駅舎等、伏見稲荷大社の喧騒感から少し外れた、のどかな魅力満載の駅である。
外観・駅周辺
疎水百選にも選定された、伏見の観光資源の一つである琵琶湖疎水上に架かる砂川橋から北方向を望む。
北西方向に見えるのが京阪深草駅。春になると、疎水横の並木が美しい桜に覆われるらしい。
その砂川橋から少し西に進み、第一軍道(府道201号中山稲荷線)の跨線橋から深草駅を眺める。
左手にあるマンションの場所には、かつて深草車庫が存在したが、1980年(昭和55年)の淀車庫完成により廃止された。
今度は、砂川橋から琵琶湖疎水を北に向かい、深草駅に接近すると、、、
同駅横には、深草橋が架かる。
その深草橋を北方向より望む。
当駅から南の藤森駅までは、約800mの間に9本もの橋がかかり、絶好の桜の鑑賞スポットになるらしい。
その深草橋の一つ北には、1925年(大正14年)にかけられたススハキ橋が架かる。そして、その橋の向こう側にあるのは、、、
JR奈良線の稲荷駅。深草駅から徒歩5分とかからない場所にある。
そして、同駅は言わずと知れた伏見稲荷大社・表参道の最寄駅である。この距離感から、深草駅は「稲荷駅」として開業した。
伏見稲荷大社は、初代・稲荷駅を名乗った深草駅からも、裏参道側の伏見稲荷駅と同じ徒歩5分程度でたどり着ける。
改札口・コンコース
深草駅は、現在駅舎の改築工事を行っている。
駅舎は橋上になっている。
京阪線の初代・稲荷駅として当駅が開業したのは、京阪本線開通と同時の1910年(明治43年)4月。
その橋上駅舎の真ん中に1か所ある改札口。
開業当初は、JR稲荷駅側の表参道に近い当駅が「稲荷駅」を名乗り、伏見稲荷駅は「稲荷新道駅」を名乗った。
しかし、同駅の方が伏見稲荷大社に近い玄関口となったため、開業から1年立たないうちに「稲荷駅」の名を現・伏見稲荷駅に譲り、当駅は現駅名に改称されたという経緯がある。
コンパクトな改札内コンコース。
当駅の利用客数は、1日約12000人。伏見稲荷大社裏参道側の最寄駅である伏見稲荷駅の倍近い数値となっている。
時刻表
京阪本線:出町柳方面
当駅は戦時中の1944年(昭和19年)のごくわずかの期間のみ急行停車駅であった時代があったが、戦後すぐに通過駅となり、その後は実質的な各駅停車のみが停車する駅となっている。
準急も萱島から京都方面は各駅に止まるので、各駅停車の役割を果たしている。
ほぼ全列車出町柳行きで、三条まで先着し、後続の特急の待ち合わせを行う。
ちなみに、二代目・稲荷駅となった隣の伏見稲荷駅は、普段は当駅の半分程度に利用客数だが、急行が停車する駅となっている。
乗り場
ホームは島式2面4線。かつては各駅停車が特急の通過待ちを行っていたが、現在はほとんど見られなくなった。
当駅付近に龍谷大学深草キャンパスがあるため、龍谷大学前の副駅名がついている。
線路は、伏見稲荷方面にかけて大きくカーブしている。橋上駅舎への階段があるため、1両分のホーム用地が犠牲になっている。
南側には、さきほどの第一軍道にかかる跨線橋が迫っているため、7両編成の電車しか入線できない。
現在行われている改築工事では、現在の駅舎を南側に移設させることで、北側をホーム用地に転用し、8両編成対応可能とするらしい。
2番線に、新型車両13000系の準急出町柳行きがやってきた。三条で後続の特急の待ち合わせを行う。
しかし、当駅で8両対応が可能となっても、東福寺駅・伏見桃山駅も7両限界ギリギリであるため、準急・各駅停車の8両編成乗り入れは当分先のことになりそうだ。
次の準急出町柳行きは7000系だ。
1番線ホーム北端から伏見稲荷・七条方面を望む。この独特の構造の駅舎が見られるのもあと数年のことだ。
今度は大阪方面の3番線に、7000系の準急淀屋橋行きがやってきた。丹波橋まで先着し、、、
後続の特急の待ち合わせを行う。京阪特急の象徴たるダブルデッカー8000系が通過していく。
今度は、6000系が各駅停車中之島行きとしてやってきた。各駅停車は天満橋から中之島線に入る運用となっている。
えきログちゃんねる
[京阪線の初代稲荷駅であった深草駅]新型車両13000系と7000系準急同士のコラボ201511
13000系出町柳行き発車後、7000系淀屋橋行きが入線してきました。
[京阪線の初代稲荷駅であった深草駅]6000系各駅停車中之島行き発車風景201511